案件解説

伊藤忠・デサントTOBを解説|敵対的買収から完全子会社化へ

伊藤忠商事系のBSインベストメントは、2019年にデサントへの持分を40%へ引き上げ、2024年に完全子会社化へ進みました。目的の異なる二つのTOBを時系列で解説します。

案件の基本情報

対象会社
デサント(8114)
買付者
BSインベストメント(伊藤忠商事系)
買付価格
2019年:2,800円 / 2024年:4,350円(公表前交渉は3,600円から)
公表前株価との関係
2019年:1,871円 / 2024年:3,730円 / 2019年:終値比49.65%・3か月平均比30.72% / 2024年:終値比16.62%・6か月平均比25.40%
買付期間
2019年1月31日〜3月14日 / 2024年10月1日〜10月29日

この案件の結論

2019年は上場を維持したまま影響力を強める取引、2024年は一般株主に4,350円の出口を用意する完全子会社化でした。

この記事の要点

  1. 2019年は30.44%から40.00%を目指す上限付き・上場維持型で、完全子会社化ではなかった。
  2. 2019年の応募15,115,148株に対し、取得は上限7,210,000株だけで、応募株の全数は買われていない。
  3. 2024年の3,600円から4,350円への価格交渉は、公開買付けの公表前に行われた。
  4. 2024年は31,341,290株を取得し、既保有分を含む直接保有割合は85.92%となった。

全体像

伊藤忠グループがデサントへ実施した二つのTOBは、買い手が同じでも目的が大きく異なります。

  • 2019年は、所有割合を30.44%から40.00%へ引き上げ、経営体制とガバナンスを変えるための上限付き・敵対的TOBでした。デサントの子会社化や上場廃止を目的とした取引ではありません。
  • 2024年は、残る株式を取得して上場を廃止し、伊藤忠グループ内へ完全に統合するための合意型TOBとスクイーズアウトでした。

両TOBの直接の公開買付者は、伊藤忠商事本体ではなく、その完全子会社であるBSインベストメントです。以下ではグループ全体を示す場合は「伊藤忠グループ」、法人を区別する必要がある場合は「伊藤忠商事」「BSインベストメント」と表記します。

また「2024年の完全子会社化」と呼ばれますが、厳密にはTOBと株主総会決議が2024年に行われ、上場廃止は2025年1月24日、株式併合の効力発生は1月28日です。法的な完全子会社化は2025年1月に完了しました。

伊藤忠とデサントの関係

伊藤忠商事とデサントの資本関係は長く、伊藤忠商事は1971年にデサントへ資本参加しました。その後、1980年代に筆頭株主となり、2008年5月には所有割合が20%を超え、デサントは伊藤忠商事の持分法適用会社となりました。

2019年のTOB開始時、伊藤忠商事本体はデサント株22,954,300株、所有割合30.44%を保有していました。両社は単なる投資先と株主の関係ではなく、繊維・アパレル事業、海外展開、ブランドビジネスなどで長く協業しています。

一方、2010年代後半には、デサントの経営方針やガバナンス、韓国事業への利益依存、筆頭株主である伊藤忠商事との意思疎通をめぐって対立が深まっていました。詳しい経緯は伊藤忠商事の2019年開始資料に記されています。

2019年のTOB

伊藤忠商事は何を問題視していたのか

伊藤忠商事が掲げた問題意識は、大きく三つありました。

第一に、デサントの中期経営計画が十分に達成されておらず、日本国内事業の収益力やブランド運営に課題があるという認識です。

第二に、収益を韓国事業へ大きく依存していることでした。韓国市場の成長だけに頼らず、日本や中国を含む地域・ブランドの構成を見直す必要があると主張しました。

第三に、ガバナンスと株主との対話です。特にワコールホールディングスとの提携をめぐり、筆頭株主である伊藤忠商事へ十分な事前説明がなかったとして、両社間の信頼関係が損なわれたと説明しました。

もっとも、これは伊藤忠商事側の評価です。デサント側は、2013年以降に売上高と利益が拡大し、自社ブランドや中国事業も成長していること、株価や株主総利回りも改善していることを挙げ、伊藤忠商事の問題認識は一面的だと反論しました。デサントの反対意見を読むと、経営不振企業の救済ではなく、「現経営陣の下で独立路線を続けるのか、筆頭株主の影響力を強めて経営を変えるのか」が争点だったことが分かります。

2019年TOBの条件

2019年1月31日に始まったTOBの主要条件は次のとおりです。

項目内容
公開買付期間2019年1月31日~3月14日、30営業日
公開買付価格1株2,800円
取得上限7,210,000株、9.56%相当
取得下限なし
TOB開始時の伊藤忠商事の所有割合30.44%
TOB後の目標所有割合40.00%
上場維持する方針
子会社化目的としない

2,800円は、公表前終値1,871円に49.65%、1か月平均に50.38%、3か月平均2,142円に30.72%、6か月平均に27.45%を上乗せした価格でした。

重要なのは、上限が7,210,000株に設定されていたことです。過半数を取得してデサントを子会社化するのではなく、伊藤忠商事の既保有分と合わせて40.00%まで増やす方針でした。応募が上限を超えれば按分比例となり、応募した株主が保有株式をすべて売れるわけではありません。

なぜ敵対的TOBと呼ばれたのか

「敵対的TOB」は法律上の正式な分類ではありませんが、一般には対象会社の取締役会が反対しているTOBを指します。

伊藤忠商事はデサント経営陣とTOB実施について事前合意せずに公表しました。建設的な対話が期待できないことなどを理由に、事前協議を行わなかったと説明しています。これに対しデサント取締役会は2019年2月7日、TOBへ明確な反対意見を表明し、株主に応募しないこと、すでに応募した場合は取り消すことを勧めました。

デサント側が問題視した上限付きの構造

デサント側の中心的な反対理由は、価格だけでなく取引構造にありました。

伊藤忠グループは40.00%を取得することで、株主総会や取締役選任、重要な経営判断に強い影響力を持ちます。一方で取得上限があるため、2,800円で売却できる株主は一部に限られ、残りの株主は伊藤忠グループの影響力が強まった上場会社の株式を持ち続けることになります。

デサントは、伊藤忠グループが会社全体の買収代金を支払わずに事実上の支配力を強める一方、少数株主には同じ条件で退出する機会が与えられないと批判しました。2018年の株主総会における議決権行使状況などを踏まえても、40%という所有割合の影響は非常に大きいと主張しています。

これは部分買付け特有の問題です。

  • 伊藤忠グループは、比較的限定された資金で経営への影響力を強められる
  • 株主は、高いTOB価格でどこまで売却できるかが按分次第になる
  • デサントは上場会社として残るものの、経営の独立性が大きく制約され得る

という利害の違いがありました。

2019年TOBの結果

TOBには15,115,148株の応募があり、取得上限7,210,000株の約2.1倍に達しました。BSインベストメントは按分比例により上限どおり7,210,000株を取得しました。取得対価は計算上約201億8,800万円です。

既保有22,954,300株と取得7,210,000株を合わせた伊藤忠グループの保有株数は30,164,300株となり、買付後の所有割合は40.00%です。公式結果資料でも40.00%と確認できます。決済・取得日は2019年3月22日でした。

応募が上限を大きく超えたため、多くの応募株主は保有株式の全部を2,800円で売れませんでした。一方で、TOB価格の高いプレミアムが株主から強く支持されたことも示しています。デサントの上場は維持されました。

経営体制の変更

TOB成立後、両社は対立を収束させ、新しい経営体制について合意しました。2019年6月20日の株主総会後、伊藤忠商事出身の小関秀一氏がデサント社長に就任し、取締役会も刷新されました。経営体制変更の経緯はデサントの発表資料で確認できます。

したがって2019年TOBの実質的な成果は、会社を丸ごと買収することではなく、40.00%の株式を確保し、株主としての影響力を背景に経営陣とガバナンスを変えたことにありました。デサントは引き続き上場し、伊藤忠商事の持分法適用会社として一定の独立性を維持します。

2019年から2024年までに何が変わったのか

2020年、伊藤忠商事本体が直接保有していたデサント株式はBSインベストメントへ移され、グループ内の保有主体が一本化されました。さらにBSインベストメントは2023年に市場内で株式を追加取得し、2024年のTOB前には33,584,300株、44.44%を直接保有していました。この時点で親会社の伊藤忠商事本体による直接保有は0株です。

伊藤忠商事側は、2019年の経営体制変更後、日本事業の立て直し、韓国事業への過度な依存の是正、中国事業の成長が進んだと評価しました。中国では安踏体育用品、いわゆるANTAとの協業も事業成長の重要な要素となります。伊藤忠商事側の事後評価ではありますが、2019年に掲げた経営改革が一定程度進んだという認識が、2024年の次の段階につながりました。

一方、デサントを上場会社のまま維持すると、伊藤忠商事とデサントの利益が常に一致するとは限りません。伊藤忠商事の人材、資金、情報、取引先ネットワークをデサントへ投入する場合も、それが双方の株主にとって公正かを検討する必要があります。

伊藤忠商事は、こうした上場持分法適用会社特有の利益相反が、両社の経営資源共有、迅速な意思決定、大規模な長期投資を妨げるようになったと説明しました。

2024年の完全子会社化

なぜ40%台では足りなくなったのか

2019年時点では、デサントの上場と一定の独立性を維持しながら、経営改革を進める方針でした。

しかし2024年には、日本、韓国、中国の各事業を一体的に運営し、さらに欧州や米国を含むグローバル展開を進めるには、資本、人材、ブランド運営、商品開発、調達、生産、デジタル基盤をグループ横断で統合する必要があると判断しました。

伊藤忠商事が掲げた主な狙いは、次のように整理できます。

  • 日本、韓国、中国の地域間における商品、ブランド、顧客情報の共有
  • 中国におけるANTAとの関係強化
  • 韓国事業のガバナンス強化
  • 欧州、米国市場への再進出と拡大
  • デジタル化、サステナビリティ、新しい顧客体験への長期投資
  • 伊藤忠商事の資金、人材、取引先ネットワークの本格投入

これらを進めるには、少数株主との利益相反や短期的な市場評価を意識せずに意思決定できる完全子会社の方が適している、というのが2024年の論理でした。取引目的の全体は伊藤忠商事の2024年開始資料で確認できます。

今回は合意型の取引だった

2019年と違い、2024年の取引はデサント経営陣との協議を経た合意型でした。

伊藤忠商事は2024年2月ごろから非公開化の検討を始め、3月5日にデサントへ正式に協議を申し入れました。その後、デューデリジェンスと価格交渉が行われます。

初回提示は1株3,600円でした。デサント側の特別委員会は繰り返し引上げを求め、3,800円、3,900円、4,000円、4,050円、4,180円、4,300円を経て、最終的に4,350円となりました。対象会社側が約4,800円を求める局面もあり、初回提示からは750円、約20.8%の引上げです。

この3,600円から4,350円への引上げは、公開買付けの公表前に行われた交渉です。10月1日の買付開始後に価格が変更されたわけではありません。

利益相反をどう管理したのか

BSインベストメントはすでに44.44%を直接保有し、デサント取締役には伊藤忠商事出身者もいました。このため、通常の第三者買収より厳格な公正性確保措置が必要でした。

デサントは独立した特別委員会を設置し、2024年3月28日から8月2日までに計19回の会合を開きました。独立した法律・財務アドバイザーを起用し、株式価値算定とフェアネス・オピニオンを取得しています。伊藤忠商事との関係が深い取締役3名は審議と決議から外れ、利害関係のない取締役4名で賛同を決議しました。デサントの意見表明資料に手続の詳細があります。

大和証券によるDCF法の評価レンジは1株3,373~4,851円、特別委員会が起用したプルータス・コンサルティングのDCF法は3,594~5,353円でした。最終価格4,350円は両方のDCFレンジ内にあり、市場株価法や類似会社比較法の評価上限を上回っています。プルータスは4,350円についてフェアネス・オピニオンを提出しました。

一方、少数株主の過半数が応募することを成立条件とする、いわゆるMajority of Minority条件は設定されませんでした。伊藤忠商事側と特別委員会は、同条件が取引成立を不安定にする可能性や、特別委員会、独立算定、フェアネス・オピニオン、価格交渉、対抗提案を妨げない市場チェックなど、ほかの公正性確保措置が講じられたことを理由に挙げています。2024年の取引を評価する際の一つの論点です。

2024年TOBの条件

完全子会社化に向けたTOBは2024年8月5日に実施予定が公表され、日本と中国の競争法上の手続などを経て10月1日に始まりました。

項目内容
公開買付期間2024年10月1日~10月29日、20営業日
公開買付価格1株4,350円
TOB前のBSインベストメント直接保有33,584,300株、44.44%
伊藤忠商事本体の直接保有0株
買付上限なし
買付下限16,793,700株
目的残る全株式の取得、上場廃止、完全子会社化
デサント取締役会賛同し、株主に応募を推奨

買付下限は、既保有分と合わせ、スクイーズアウトに必要な株主総会の特別決議を安定して成立させられる、議決権の3分の2以上を確保するための水準でした。2019年とは反対に、下限はあるが上限はないTOBです。

最終価格と市場株価の関係は次のとおりです。

比較基準基準価格プレミアム
2024年8月2日終値3,730円16.62%
1か月平均3,817円13.96%
3か月平均3,567円21.95%
6か月平均3,469円25.40%

2019年の終値比49.65%に比べると低く見えます。ただし2024年は独立評価を伴う長期交渉の結果であり、4,350円は複数のDCF評価レンジ内にあります。二つの取引の公正性をプレミアム率だけで比べることはできません。

2024年TOBの成立

TOBには31,341,290株の応募があり、買付下限16,793,700株を大幅に上回りました。上限がなかったため、BSインベストメントは応募された31,341,290株をすべて取得しました。

既保有33,584,300株と合わせたBSインベストメントの直接保有は64,925,590株、85.92%となりました。特別関係者の議決権は0でした。決済日は2024年11月6日で、この時点でデサントは伊藤忠商事の連結子会社となります。TOBによる取得対価は約1,363億3,500万円です。公式結果資料でも確認できます。

残る株主をどう処理したのか

TOBだけでは株式が残ったため、伊藤忠グループは第二段階として株式併合によるスクイーズアウトを行いました。

具体的には、デサント株式11,998,587株を1株に併合する大きな比率の株式併合です。この比率では、BSインベストメント以外の株主が保有する株式は原則として1株未満の端数になります。その端数を金銭処理することで、少数株主を退出させる仕組みです。

非応募株主に交付される金額も、併合前1株当たりでTOB価格と同じ4,350円になるよう設計されました。TOBへ応募しなかった株主が、原則として異なる単価で退出させられる仕組みではありません。

株式併合は2024年12月25日の臨時株主総会で承認されました。その後の日程は次のとおりです。

  • 2025年1月23日:上場株式としての最終売買日
  • 2025年1月24日:東京証券取引所で上場廃止
  • 2025年1月28日:株式併合の効力発生

これにより、伊藤忠グループによる完全保有が法的に完成しました。株式併合と端数処理はデサントの株式併合資料、上場廃止日は日本取引所グループの一覧で確認できます。

残存株主のスクイーズアウトに要した追加取得対価は約462億1,900万円で、2024年TOBとその後の取得対価を合わせると約1,825億5,400万円です。これはTOB前から保有していた44.44%分の価値を含まず、残る株式を取得するために追加で支払った対価です。

2019年と2024年の違い

観点2019年2024~2025年
基本目的経営改革、ガバナンスへの影響力強化完全統合、非公開化
TOBの性格対象会社が反対する敵対的TOB対象会社が賛同する合意型TOB
取得構造上限付き部分買付け全株式を対象、上限なし
所有割合30.44%から40.00%BS直接44.44%から85.92%、その後完全保有
買付価格2,800円4,350円
非応募株主上場株主として残る株式併合で4,350円相当の金銭退出
上場維持2025年1月24日に上場廃止
経営上の意味独立性を残したまま経営陣を刷新少数株主との利益相反を解消し、グループ内へ統合

二つの取引をどう理解すべきか

2019年は「会社を買うTOB」より「経営を変えるTOB」

2019年に伊藤忠グループが必要としていたのは、100%の所有権ではなく、経営改革を実行できる株主としての影響力でした。

40.00%は法的な過半数ではありませんが、筆頭株主として取締役選任や重要議案に強い影響を及ぼし、重要な特別決議に対して事実上の拒否権を持ち得る水準です。実際、TOB後には伊藤忠商事出身者を社長とする経営体制へ移行しました。

2019年のTOBは、資本市場を使って経営陣へ圧力をかけ、ガバナンスを再構築した取引と見ることができます。

2024年は経営改革の次の段階

2019年から約5年間で経営体制が変わり、伊藤忠商事とデサントの協働関係も深まりました。その結果、2024年には争点が「誰が経営するのか」から、「上場会社のまま連携するのか、完全統合して世界展開を加速するのか」へ変わったと考えられます。

2019年はデサントの独立性を残すことに意味がありました。しかし2024年には、その独立性に伴う利益相反や意思決定上の制約が、統合による利点を上回ると両社が判断したということです。

株主の扱いも根本的に違う

2019年は高い価格を提示した一方で上限があったため、売りたくても全部は売れない株主が生じました。その後の会社の成長余地へ参加できましたが、伊藤忠グループの影響力が強まった会社の株主として残る必要があります。

2024年はすべての株主に4,350円で退出する機会を与え、応募しなかった株主も原則として同じ単価で金銭化しました。その代わり、少数株主は上場廃止後のデサントの成長利益へ参加できなくなりました。

この違いが、2019年の部分買付けと2024年の完全買収を分ける最も重要な点です。

まとめ

2019年のTOBは、伊藤忠グループが40.00%の株式を握り、デサントの経営陣とガバナンスを変えるための敵対的な部分買付けでした。高いプレミアムが提示された一方、買付上限があるため全株主が同じように退出できず、デサント側は強く反対しました。

約5年後の2024年には、経営改革の成否よりも、日本、韓国、中国を統合した世界戦略や長期投資をどう進めるかが中心課題となりました。そのため伊藤忠グループは残る株式を取得し、少数株主との利益相反と上場会社としての制約を解消する方針へ転じます。

一連の取引は、2019年に経営の主導権を確保し、2024年から2025年に所有権を完全に移して統合した、二段階の資本・経営戦略だったと整理できます。

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